はじめまして。院長の田口英司です。
出身は、日高地方の浦河です。
平成12年に、山口大学を卒業しました。
同年十勝NOSAIに就職し、平成15年、縁あって士別動物病院の門をたたきました。
他に、当病院には、士別動物病院の創業者である、石田優。高瀬直敬、2021年4月より芦澤毅の計4人で、運営しております。
社会や会社が、IT化と叫ばれて、随分時間が経ちました。
確か、私の記憶だとPHSなる携帯電話が登場したのが、1995年ぐらいでした。最初にPHSを手に入れた輩は、傍目からもバレバレの彼女や女遊びのために購入した者でした。その3年後ぐらいには携帯電話が急激に拡大したように思います。同時に、パソコンが普及し、私も大学5年生の時にはパソコンを購入しました。それまで、パソコンなんてものは、あってもなくても良いと思っていた私でしたが、5年生の夏に根室(楽しい実習でした。根室の自然と風土、診療所の先生方の雰囲気、何もかもが思い出に残っています)に臨床実習に行った際、ある1軒の酪農家さんが、パソコンを前に何やら入力をしていました。私は、何食わぬ顔で眺めていましたが、内心はかなりのショックを受けていました。当時、私は曲がりなりにも、日本の高等教育機関である大学に属している身分でしたので、酪農家さんには失礼ですが、「酪農家がパソコンを持っていた」という驚きは、私の脳裏に確実に焼き付いて、離れませんでした。実習から帰ってきた私は、急いでパソコンを購入したというわけです。
大学を卒業して、就職してまずは携帯電話を購入しました。その後も、デジカメやプリンターなどのデジタル機器を、喜んで購入してきました。そして極めつけに、スマートフォンの登場です。最初、酪農家さんから(ここでもまた酪農家さんですが)、iPhoneを見せてもらったときは、なんとも溜息が洩れました。
しかし、パソコンの時とは違い、初めてスマートフォンを見てから購入するまでに、約10年かかりました。直観的に、これは人間を破滅に陥れる機械なのではないかという思いがしたものですから。未開の原住民の酋長が、文明の利器に対して危険を感じて、コミュニティーを守るような感じです。
しかし、こんな私も今では、スマートフォンを持ち歩いています。
さて、ハードやソフト、アプリなどという言葉が出てきた時は、何がなんだか、わかりませんでしたが、世の中は今やアプリ全盛時代です。インターネットが普及し、ホテルの予約や、商品、チケット、音楽、映像の購入、銀行振込、株取引、動画の閲覧など、ありとあらゆるサービスを、インターネットを介して、享受できる時代になりました。
さらに、カメラやセンサーなどの技術が向上し、その信号を取り込んで機械が判断し、人を介さず機械自らが対処する時代に突入しました。
私も、動物病院を経営する立場で、各酪農家の授精情報、疾病情報。また、病院経営に関わるところでは、請求書の発行、会計処理、給料の計算など、いまやパソコンやソフトがなければ業務がスムーズに出来ない状況です。
我々、獣医療では、繁殖管理や、飼料設計、カルテ管理などが、IT化しました。また、現在では、その情報がインターネットを介して、獣医師と酪農家が共有したりできるようにもなっているようです。
私のほうも、マイクロソフトのアクセスをひょんなことから、勉強することになりました。今から15年ほど前、会社が授精情報のソフトを導入する際、先代の社長が、農協のS君にアクセスで授精管理ソフトを作ってくれと依頼したのが、私のアクセスとの出会いでした。しかし今考えれば、前職の十勝NOSAIでも、アクセスの講習会というものを主催していて、私も応募したのですが、見事に却下されました。就職して2年目ぐらいでしたから、仕方ないですね。当時、診療所の先輩のSさんがアクセスを使って、育成牧場の繁殖管理をしていたのを、覚えています。
話を、戻しますが、それまで私はデーターベースやアクセスも、詳しくはわかっていなくて、農協のS君と、ここはこうして欲しいなどと、言いながらソフトを作っていたのですが、何か改善を依頼する度にS君に来てもらうのが気の毒になってきました。そんな時、ところで、アクセスとは一体どんなソフトなのだろうか?という疑問が湧いてきて、そこから独学が始まりました。本を読んでも、データーベースのいろはが何にもわからなくて、最初の頃は苦労しましたが、徐々に理解が深まってくると、寝る間も惜しんで没頭するようになりました。不思議と集中していると朝の3時ぐらいまでやっていても何にも眠くはありませんでした。繁殖管理ソフトが充実すると、次はカルテ内容の記述から診療費の計算、病歴書などの各種ソフト、ローンの計算ソフト、競馬ソフトなど、まったく仕事と関係ないものまで手を出して、気が付くとすっかり趣味になっていました。
そのおかげで、業務は格段に効率化し、事務処理の時間が大変少なくなりました。
一方、畜産現場でも、発情発見、ロボット搾乳、個体管理など、IT化が進み、便利な世の中になりました。
しかし、最近思うのは、設備投資をして、AI機器を導入しても、経営が良くなることはないということです。酪農や畜産の基本は、良いエサ、良い環境、良い管理など、AIに頼る前にやるべきことがたくさんあるからです。
我々獣医師も、ソフトにどんなに情報を入力して分析しても、診療所経営が良くなるわけでもありませんし、顧客の経営が良くなるわけでもありません。
我々の仕事は、確かな技術の提供と情報の伝達、顧客と対面し、肉声で語り掛け、信頼してもらう仕事をするのが本分です。「先生が、一生懸命、うちの牧場に対して、何かをしてくれた」と農家は、思いたいし、それ以上はないのではないかと、最近は思うようになりました。
我々にとって必要なのは、卓越したIT技術でも優れたソフトでもなく、恩着せがましくない静かな情熱と、対象とする経営体(酪農、肉牛、預託など)にとって、最もコアで大事なものは何かという哲学です。(熱くなってきました)
酪農でも、肉牛でも、絶対コアな部分を、おろそかにして、IT、AI技術に頼っていては、喜ぶのは、機械屋さんや、設備屋さんだけです。
ここまで、IT化と我々の仕事、さらに、対象としている顧客との関係について、自分なりの私見を述べてきました。
そしてもう一つ、健康を第一に考えて、日頃から肉体を整えて、食生活にも留意しなければ、IT化などと声高らかに叫んでいても、決して、幸せにはなれないということです。最近私の住んでいる地域では、酪農家が骨折したり、大怪我をする人が多いのですが、経営者がケガをしたり病気になってしまっては、すべては水泡に帰すということにもなります。
IT化しようが、デジタル化しようが、牛も人間も健康でなければ、誰も幸せにはなりません。便利な世の中になったようで、根本の部分では社会は、何も変わっていなというのが、最近思うところです。
ここ何年は、クラスター事業で、大規模農場が爆発的に増えてしまいました。しかし大規模化では、飼料代、人件費、糞尿処理など、すべてがおおがかりで、経費が大変かかります。これからは、経費がかからない酪農なり肉牛経営を、それこそITの力を借りて、本気で開発して欲しいと思います。
アイヌの人たちや世界の少数民族は、文字を持ちませんでした。大事なことは全て口で言い伝えてきました。IT化とは、正反対、N極とS極、12時と6時の関係です。
スマホを筆頭に、我々の身の回りは、これからもIT化が進み、便利な世の中になるでしょう。しかし、どこか、このデジタル万能社会を斜(はす)に構えながら、向き合っていく姿勢も大事だと思います。
大事なものは、スマホとは正反対のところにあるということを、肝に銘じて。
私の職場紹介
士別動物病院にきて 田口 英司 (有限会社 士別動物病院 )
私は、現在、士別動物病院にて、代表をしています、田口と申します。北海道獣医師会専務の菅野先生より、職場紹介の依頼を受けまして、私どもの職場を紹介させていただきます。管野先生とは、親しく何かにつけ心配りをしていただいたこともありまして、断ることも出来ず、執筆依頼を快く受けた次第です。
私が、士別動物病院に就職したのが、平成15年ですので、気がつけば15年も士別に住んでいることになります。
士別動物病院は、会社としては平成14年1月より、始まっていますが、その6年ほど前より、前代表である石田優氏が、旧士別農業共済組合を辞し、開業をしました。
私はというと、大学を卒業後、NOSAIに就職しましたが、求められる職員像には、なかなか到達できず、自問自答の日々を送っていました。会社、農家、自分、それぞれの求める獣医師像が違い、悩める時代でした。そんな中、ある方から紹介がありまして、士別動物病院に就職することになりました。
私が、士別動物病院に就職して、まず驚いたのは、石田氏の哲学でした。以下に石田氏の言動を少々列挙してみます。
「獣医師は、農家を儲けさせるのが仕事だ」
「農家と獣医師は平等の関係だ、どちらが偉いわけでもない」
「起立不能は、病気じゃない。3産以上の牛は、どんな牛も低Caになっている。酪農家自らにCaを皮下に投与させている」
「乳房炎は、獣医師の指導のもと、酪農家自らが考えて治療するものだ」
「酪農家には極力、夜は呼ぶな!と言っている。だから、難産のやり方を教え込んできたんだ」
NOSAIでは、1回も聞いたことがない言葉ばかりでした。
石田氏が、産業動物の獣医師の立ち位置を、合理的で納得のいく形で実践していたので、私は、とても感動しました。士別の酪農家も、石田氏のアドバイスと情報をもとに、自ら考えて酪農を実践していたことにも、感心しました。また、石田氏が、酪農家の自立をうながすことで、獣医師も酪農家も、お互いが幸せになっているとも思いました。
私としても、士別動物病院に就職して、会社と、農家に求められる獣医師像と、自分の求める獣医師像が、一致しました。
それまで、獣医というより、NOSAIの職員として、仕事をしていた自分にとって、獣医師というシンプルな存在だけで、仕事が出来ることに限りない幸せを感じたものでした。
「鶏口となるも牛後となるなかれ」という言葉がありますが、NOSAIという大きな組織では、求められることが多岐に渡り、私のような人間にとっては、士別動物病院の規模と自由さが、ちょうど良かったようです。
士別動物病院では、酪農、肉牛、仔牛の預託施設という、3つの業態で、仕事をさせてもらっています。それぞれの分野が絡み合い、相互に獣医の経験を補完してくれるので、刺激があり魅力的な職場だと、思っています。個体診療、群管理、農家従業員へのアドバイス、経営者との話し合いなどなど・・・。問題は色々と発生しますが、自ら考え、決断し、実行できる責任と自由が、士別動物病院にはあります。問題の結果を自らが経験し、考察と反省を重ねることで、確実にステップアップできている実感もあります。
また、士別動物病院は、メーカーやディーラーの担当者、大学の先生とも、近い距離で色々と交流が持てるのも特徴の一つです。未承認薬の開発の治験なども、お手伝いすることがあります。多くの方と、相互に情報交換し、新しい知識や業界の情報なども、得る事が出来ます。
牛を取り巻く環境は、年々変わって行くと思いますが、これからも地域に根差した獣医療を実行し、農家に必要とされる動物病院でありたいと思っています。
最後に、誌面をお借りしまして、これまでお世話になりました、各地の先生に深く感謝致します。田口も、元気に暮らしております。
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